グリニャール反応の実験


  グリニャール試薬とは、有機マグネシウムハロゲン化物 R−Mg X が溶媒のジエチルエーテルに溶けた状態の反応試薬であり、広範囲な用途を持つ。 歴史的に、有機金属化学の初期の頃からの反応試薬であり、現在でも実験室的な有機合成で用いられている。 当初 亜鉛によって行われていたが、1900年にグリニャール(F.A.V.Grignard)はこの方法をマグネシウムに適用し、それまでの亜鉛の場合とは異なり均一な有機金属化合物の溶液が得られた。 (1912年にグリニャールはこの業績によりノーベル化学賞を受賞。)

  グリニャール試薬は、有機金属剤の中では最もポピュラーで、ほとんどのカルボニル化合物(−(C=O)−; ケトン、アルデヒド、カルボン酸、カルボン酸エステルなどのカルボニル基を持つ化合物)にアルキル基を導入し、対応する第二級または第三級アルコールに変換する。 CO2 を吹き込むと、カルボン酸を与える。
  さらに、ハロゲン化アルキルとカルボニル化合物の混合溶液にマグネシウムを反応させて、アルコールを一段階で生成する反応はBarbier(バルビエ)反応と呼ばれ、マグネシウムに限らず、リチウム、亜鉛、サマリウムなども用いられる。



  1. グリニャール試薬の調製:


  試薬・器具共に十分乾燥した状態でないと 反応は開始しないので注意。 あらかじめホットプレートやオーブン等で、フラスコや冷却管などの器具類を熱して乾燥させておく。還流冷却器の上にはシリカゲル管などの乾燥管を設ける。
  2口(あるいは3つ口)フラスコに、乳鉢で軽く擦ったマグネシウム削り状・ターニング、Mg、M=24.3) 1.5g(過剰量) を入れ、反応開始剤としてヨウ素2−3粒を入れて、軽く温め、紫色の蒸気を出して、次の反応が起こりやすいようにする。 フラスコが冷えてから、あらかじめカルシウム(あるいはナトリウム)を共に入れて一週間以上置いて十分乾燥させた ジエチルエーテル(C2H5OC2H5、bp.34.6℃、ρ0.71) 10mlを加えておく。 (* 99%の1級エーテルをビンに入れ、底にカルシウムを入れて栓を緩めて 冷所に放置し、水素ガスを出し切らせておく。)

  そこに、(常温・撹拌無しで) ブロモベンゼンC6H5Br、bp.156℃、ρ1.50、18.3.で作成5.25mlを 無水ジエチルエーテル 15mlに 溶かしたものを 滴下漏斗に入れ、その1/3ほどをフラスコに落として、反応が始まるのを待つ。(いつまでも反応が始まらないときは、フラスコの底を加温したり、マグネシウムを金属棒でつついたりする)
  反応が始まったら、残りの液をゆっくり滴下し、冷却管でエーテルを還流し、1時間ほど待つ。 反応が大体終わった(褐色になった)ならば、反応を完結するために、さらに撹拌子を入れて10−30分撹拌する。
  ・・・・  グリニャール試薬である 臭化フェニル・マグネシウムC6H5・Mg・Br)は、ジエチルエーテルに溶けた状態であり、そのまま次の反応実験に用いる。

           
 



  2. 第3級アルコールの生成:


  典型的な実験で、フェニル基を付加する求核反応。 2分子のグリニャール試薬(臭化フェニル・マグネシウムC6H5・Mg・Br)は、結合炭素が−、マグネシウムが+に分極しているので、求核試薬となって、安息香酸メチル19.2. メチルベンゾエイト、C6H5・CO・OCH3、M=136.2、bp.199℃、ρ1.08)に付加して、トリフェニルメタノール(第三級アルコール)を生成する。
  あるいは、安息香酸メチルの代わりにベンゾフェノン(芳香族ケトン、C6H5・CO・C6H5、1:1)を用いてもできる。(混ぜる時ピンク色になる)

  1.の実験に引き続いて行なう。 安息香酸メチルC6H5・CO・OCH32.5mlを 無水のジエチルエーテル 25mlに溶かしたものを、空になった 滴下漏斗に入れ、時々温め 撹拌しながら、30分かけて滴下する。 黄白色の沈殿ができるので、硫酸3M H2SO417mlと、水17mlを入れて撹拌すると、沈殿は溶けて、2層に分離する。(硫酸は過剰でも良い)
  分離しやすいようにエーテルを少量追加し、分液漏斗で分け、10%炭酸ナトリウム溶液で酸を除去し、塩カルで乾燥させる。 ひだ付きろ紙でろ過して、ビーカーに入れ 1日風乾して エーテルを飛ばすと、結晶が析出すると同時に、未反応・副反応(ビフェニルなど)の油状成分が残るので、n‐ヘキサン20ml+メタノール2mlで 3回すすいで洗うと、油状成分が除かれる。 (あるいは少量の熱エタノールに溶かして再結晶)  ・・・ 収量 2g

  トリフェニルメタノール(トリフェニルカルビノール、(C6H5)3・C・OH、or Ph3COHTrOH(略称)、M=260.3、mp.160−163℃、ρ1.2、水に不溶、エタノール溶)は、1個の炭素にフェニル基が3つも付いた、かさ高い(立体障害が大きい)化合物で、トリフェニルメタン系人造色素(20.4.)の骨格を与えるが、これ自身には特に工業的な用途はない。
  この立体障害のゆえに直線方向に付加し、塩化アセチルを作用させると、エステルではなく塩化物となり(Ph3COH + CH3COCl → Ph3C・Cl + CH3COOH)、過酸化水素により安定な過酸化物(Ph3C‐O‐OH)ができる。
 




  3. CO2 → カルボン酸 の実験:


  (1) 1‐ブロモプロパンの作成:  (換気注意)

  グリニャール試薬のためのハロゲン化アルキルとして、1‐ブロモプロパン(臭化n‐プロピル、1‐C3H7Br、M=123.0、bp.71.0℃、ρ1.35)を作る。

  1‐プロパノール(n(ノルマル)‐プロパノール、1‐C3H7OH、M=60.1、bp.97℃、ρ0.803) 58.4ml赤リン、M=31.0) 12g(過剰量) を氷冷したフラスコに入れ、 臭素Br、M=79.9、bp.58.8℃、ρ3.10) 20ml(60g) を滴下漏斗からゆっくり滴下すると、激しく反応して 1‐ブロモプロパンが生成する。 常温にしてしばらく放置・撹拌して反応を完結する。
  蒸留して 75℃前後の留分を取り、飽和重曹+10%チオ硫酸ナトリウム溶液と振って、臭素や酸を除く。 塩カルで乾燥、再蒸留する。 収量: 約40ml(53g)。

       3 n‐C3H7OH + PBr3  →  3 n‐C3H7Br + P(OH)3

 


  (2) 酪酸(らくさん)の合成:

  1.と同様に、十分乾燥させた器具類を組み立て、同様によく乾燥させたジエチルエーテル等を用いて、グリニャール試薬を作る。
  乳鉢で軽く擦った マグネシウムMg、削り状(ターニング)) 3gを2口フラスコに入れ、ヨウ素 2−3粒を入れて加温しヨウ素蒸気で満たしておく。 (Ca、Na等で)十分乾燥させたジエチルエーテル 25mlを入れ、滴下漏斗に 1‐ブロモプロパンC3H7Br10ml + 乾燥ジエチルエーテル 15ml を入れて、撹拌無しでゆっくり滴下すると、滴下ごとに反応して沸騰する。 液を加え終わったら、撹拌子を入れてスターラーで30分撹拌して 反応を完結させる。(黒色の溶液)

       CH3CH2CH2・Br + Mg (in エーテル)  →  CH3CH2CH2・Mg・Br  (臭化n‐プロピル・マグネシウム)

  次に、ドライアイスCO2)の粒状のものを さじで少しづつ投入し、カルボン酸(酪酸)の生成を行なう。 投入ごとに発熱してエーテルが蒸発するので、エーテルを適宜 追加する。 白沈が生じ、十分加え終わったら、撹拌しながら、6M 硫酸H2SO4) を ゆっくりと加え(発熱、蒸発する)て 中和し、残ったMgを溶かし、やや硫酸過剰にして 酪酸を遊離する。
  分液漏斗でエーテル層を取り、再度分液漏斗に入れ、6M 水酸化ナトリウム(NaOH)を加えて(発熱注意)、酪酸ナトリウムの形で水中に溶かし出す。 さらに、この水層を分液漏斗に入れ、6M硫酸を加えて酸性にし エーテルを加えて振り、遊離した酪酸をエーテル層に抽出する。
  最後に、エーテル層を取り出し、無水芒硝(Na2SO4)で乾燥して、100mlビーカーにあけ、約6時間風乾してエーテルを飛ばして 酪酸(n‐酪酸、1‐C3H7COOH、M=88.1、mp.−7.9℃、bp.164℃、ρ0.96、pKa4.82) を得る。 収量: 約2g、 抽出を3回も行ったのでロスが大きかった。(遊離した水溶液に飽和までNaClを加えるべきだった)

      n‐C3H7・Mg・Br + CO2  →  n‐C3H7・(C=O)OMg・Br、  + H2O  →  n‐C3H7・COOH + MgBr(OH)

  酪酸は、不快な酸臭を持つ 典型的な悪臭物質であるが、エタノール、イソアミルアルコールとのエステルは パイナップル等の香気になるので、フルーツ・エッセンスの製造に用いられる。 実験室的な酪酸の製法は、通常は 1‐ブタノール(1‐C4H9OH)を 過マンガン酸カリウム(KMnO4)で酸化して 得られる。

  



   (グリニャール反応のまとめ)

 
       (注) 水酸基、アミノ基、イミノ基の活性水素の定量は、低温(常温)でメタン1分子、高温にするとメタン2分子が出る






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